ぱたもんのブログ

妄想的歴史考察の備忘録(休止中)

■古事記考■2021/08/08

古事記考■2021/08/08

古事記で考えた九州肥国の悲劇】

令制国(りょうせいこく)とは、日本の律令制に基づいて設置された日本の地方行政区分である。飛鳥時代から明治期初期まで、日本の地理的区分の基本単位だった。明治期に廃藩置県され現在の都道府県に区分される。

この令制国名で気になる点があります。

 

今から1400年前、7世紀ころ福井から新潟にかけては「越の国」と言われていました。
そして7世紀後半に都(飛鳥)に近いほうから、越前・越中・越後に分けられました。

同様に岡山から広島に存在した「吉備の国」も、
東部が備前、中央部が備中、西部が備後と三つに分けられました。

他にも、陸前+陸中+陸奥、羽前+羽後、上総+下総など元々大きなクニが分割されている。
これらのクニは隣り合っており地続きです。

しかし、九州の肥前+肥後は地続きではなく有明海を挟んで「飛び地」なのである。
文化圏説や、有明干潟(ひがた)由来の「干の国」説などありますが釈然としません。

 

そこで目にしたのが方言区分。
九州の方言は「豊日方言」「肥筑方言」「薩隅方言」の3つに分けられる。
個人的にも、福岡県内で北九州と博多の方言の違いに驚いた経験があります。
逆に熊本と博多の方言がより近いとも感じました。
九州出身の友人数人も「鹿児島の言葉は全く理解できん」とのこと。

古事記の国生み神話では九州に存在する4つの国
筑紫国」「豊国」「肥国」「熊曽国」の記述があります。

何が言いたいかというと、
古事記国生み「4つの国」は元々「3つの国」だったのではないか。
「豊国(豊日方言)」「肥国(肥筑方言)」「熊曽国(薩隅方言)」が存在し、
後に「筑紫国」に侵略され分国化したのではないのか。
「肥国」が肥前+肥後に分割され「飛び地」になった最大の要因なのかもしれない。

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方言区分

 

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